インターネットの申し子:天才アーロン・スワーツの軌跡

タイトル:

インターネットの申し子:天才アーロン・シュウォルツの軌跡

公開年度:

2014年

監督:

ブライアン・ナッペンバーガー

解説/あらすじ:

2013年、26歳の若さで自殺したアーロン・スワーツ。
伝説のプログラマと称され、インターネットを介して様々な問題について取り組み、現在の基盤を築いた。
若き天才の早過ぎる死は、コンピュータ犯罪取締法が厳しすぎるのではないかという疑問を世論に投げ掛けている。
アーロン・スワーツがどの様な人物であったのか、彼の軌跡を追った作品である。

レビュー:

アーロン・スワーツは生まれも育ちもハイランドパークで3人兄弟。
父の影響で幼くして、コンピュータに触れている。
彼にとってプログラミングは問題解決の手段であり、普通の人間に出来ないことを実現する魔法のようなものであった。
BASIC言語でスターウォーズのクイズを作成。
12歳でTheInfoNetworkというサイトを自宅サーバーで立ち上げた。
発想がウィキペディアのようなサイトでWeb製作会社の賞を受賞している。
ウィキペディアが流行る5年前の話であった。
受賞式がMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われ、インターネット界の著名人と出逢う。
13歳でRSS立案者として、ツール開発に参加している。
RSSは色々なWebサイトの内容を要約してくれるツールで利用者はその更新情報を取得するのに用いる。
小柄な少年からハイレベルな議論が飛び出した。

著作権に強い関心を示し、エルドレッド裁判を最高裁で傍聴する。わざわざ飛行機に乗ってである。
ハーバード大学教授のローレンス・レッシングは新しい形式の著作権を提唱した。
主にクリエイター向けの新しい著作権でクリエイティブ・コモンズという国際的非営利組織がライセンスを発行していた。
クリエイティブ・コモンズのシステム設計をスワーツが担当した。15歳であった。

高校の時の様子をインタビューで語っている映像があった。
学校や先生の教え方に不満があったそうだ。
勉強は自分出来るし、読書を好んだ。教育制度の歴史について学び。
先生の教え方を鵜呑みにせず、自分で調べる方法を探した。
そして学校に疑問を抱いてから、あれこれと考え、
学校を作った社会や就職についても疑問を持つようになり。
仕組みを築いた政府を疑うようになった。

スワーツは語っている。
「与えられて生きているだけでは満足してたら駄目で
親や社会に従ってばかりいないで、常に疑問を持ちべきだと思う」と。

ブログでは彼がどんな信念で常に行動していたかが、良く分かるものが多く存在した。
・物事を深く考え、それを他人にも求める。
・考える為に人から学び、人を排除しない。
・完璧主義者だが、活動の妨げにはならない。
・教育と娯楽は別にして、時間を無駄に使わない。
・誰とも友達になりたいが、からかわれるのは嫌だ。
・人を恨んで得るものはない。
・経験を教訓にする。
・世の中をもっと良くしたい。

スタンフォード大学を1年で退学した後、ベンチャーキャピタルに採用された。
infogamiというWeb製作ツールをリリースするが、利用者は増えなかった。
その後、ベンチャーキャピタルは買収される。
レディットという意見交換サイトのようなものを立ち上げると、利用者が一気に急増する。
結果、大手企業に売却して大金を手にする。
その後、会社勤務をするが続かない。性に合わないようだ。

その頃、連邦裁判所の資料を閲覧し取得するのにPACERというWEBサービスがあった。
一般公開もされている資料(裁判所の電子記録)のはずなのに有料だという。
PACERのサービスに対して、明らかに違法であるという話が広まり、
PACER側も一部の図書館で無料化に応じるが、まだまだ不便であった。
そこでプロジェクトが立ち上がる。
このプロジェクトのサムドライブ部隊にスワーツは加わった。
アクセス権を持つ図書館にUSBを持ち込み、文書をダウンロードして
無料の一般公開サイトにアップロードした。
わずか数行のスクリプトで大規模な自動並列ダウンロードを行い、
連邦裁判所の270万もの文書(約2000万ページにも及ぶ)を取得した。
これらの行為は全て違法ではなかったが、少し目立ち過ぎた。
FBIの目に留まり、監視されるようになっていた。

本は貴重な文化遺産なのに、WEB上での閲覧「JSTOR」においてライセンス料を支払って利用するサービスは
人々にとってはかなりの負担であった。
そこで学術論文についても同様に、大量ダウンロードを試みた。
しかし、スワーツの行動は法に触れたのか、ダウンロード半ばで逮捕されてしまう。
起訴される前に、司法取引の申し出があったが、これを拒否した。
断固たる決意ってものだと思う。
そして、35年間の懲役と100万ドルの罰金が課せられるという、余りにも重すぎる判決が下った。
出る杭は打たれる、いわゆる見せしめにされたのだ。
その後、10万ドルの保釈金で保釈される。

また、アーロン・スワーツはSOPA(オンライン海賊行為防止法案)に対する反対運動でよく知られている。
SOPAとは音楽や映画のオンラインにおける海賊行為の抑制を目的とした法案だったのだが、
実際は、インターネットを使う人々にとって表現の自由を脅かす深刻な脅威でしかなかったと言われる。
当時、この法案は40人以上の上院議員が共同提案しており、既に可決は避けられないと考えられていた。

スワーツたちはとても簡単に国会議員に電話が出来るような仕組み(VoIPを使用)を構築した。
すると、何百万人もの市民が議会にコンタクトをとり、反対署名が物凄い勢いで集まっていった。
市民の勢いは凄かった。
ドメインホスティングサイト「Go Daddy」が法案の支持者に声をあげた時、
1万人を超えるユーザが抗議の為、自身のドメインを移管した。
「Go Daddy」は支持を取り下げる事を余儀なくされる。

「海賊行為の問題は対処すべき問題だが、この法案は正当ではない」
その後、ホワイトハウスは法案を支持しない声明を発表する。

ジミー・ウェールズがWikipediaを停止して、運動を支援。
また、それに続くように大手有名サイトが次々とブラックアウト。

連邦議会の電話回線は抗議の電話で一瞬でパンクした。
議会議員らの採決の票はたった1日の間で驚きの展望を見せる。
「賛成80・反対31」から「賛成65・反対101」へ一気に傾き、SOPA法案は否決された。
※中立は除外

インターネットはとても便利で、可能性に溢れている。
皆さんにおいても、接続しない日は無いと言ってもいいぐらいだろう。
それだけインターネットは人々の生活を大きく変えてしまった。
正直なところ、スワーツに何があったのか、当事者以外は誰も分からない。

[youtube=https://youtu.be/2M0GQww1GoY]

 

勝ち続ける意志力 (小学館101新書)
Posted with Amakuri at 2017.6.15
梅原 大吾
小学館